ジョーカーを見てきた(1)あいみょんの歌と共通する「嫌悪感」

ジョーカーという映画、みんなブログに書いてるので僕も書いてみたいと思う。

ネタバレはできるだけしません。

 

こないだの土曜日に観てきた。小学生のときに「フラガール」を見て以来映画館には行っていなかったので、約10年ぶりになる。

 

 

突然ですが「生きていたんだよな」をご存知だろうか。

いまやJPOPシーンの女王、あいみょんの記念すべきメジャーデビューシングルである。貼っておくので知らない人はどうぞ。

 

www.youtube.com

メジャーデビューでこの尖りようである。

この曲はドラマのタイアップにも使われ、あいみょんをスターダムに押し上げたといってもいいのだが、一方である種の嫌悪感を覚える人も多いだろう。

 

「今ある命を精一杯生きなさい」なんて

綺麗事だな。

精一杯勇気を振り絞って彼女は空を飛んだ

 

のところあたりなんか特にそうだろう。

「え、自殺を肯定するの?」という感想を持つ人も少なくないと思う。

何が言いたいかというと、そういう人には「ジョーカー」はオススメしない。

 

「ジョーカー」は、おそらく刺さる刺さらないがはっきり分かれる映画である。

感想は「好き」「嫌い」「何言ってるのかわからん」の3種類になるだろう。で、その好き嫌いは、たぶん「生きていたんだよな」への好き嫌いとかなり一致するのである。「何言ってるのかわからん」派の人は幸せなのでずっとそのまま幸せでいてください。

 

「生きていたんだよな」は、厳密に言えば自殺を肯定してはいない。

否定もしていない。ただ、そういう選択をした自殺者を受容してはいる。

苦痛から逃れるために、自殺という一般的に倫理に反する行動を取った人の立場に立っているのである。

 

「ジョーカー」もこれと同じ構図である。ただし自殺の代わりに、もっと極端な手段を取ることになる。

働いても働いても状況が悪くなっていくばかり、人々から見向きもされない男が、ためらいなく殺人を犯す悪のヒーローになっていく過程は、ちょっと倫理的とは言えない。

 

 

 ある種の確固たる倫理観を持つ人は、倫理に反する行動を取る人に寄り添うことを躊躇うだろう。その行動がたとえ苦痛から逃れるためのものであっても。
「生きていたんだよな」を聴いても、「自殺なんかせずに頑張って生きてるやつが偉いに決まってる」と言うだろう。「ジョーカー」を観ても、むしろ殺される人々とかに感情移入してしまい、見終わった後も、犯罪を肯定するような内容だったという感想を抱くかもしれない。(実はこちらも、肯定も否定もしてない)

東大界隈なんかはこういう倫理観を持ってる人が多そうなので、そういう人に「ジョーカー」はオススメしません。映画の趣旨がうまく伝わらず、ただ胸くそ悪くなって終わる可能性が大です。

 

では、そういう倫理観はどこから来るのだろうか。これについては結論が出ないのでまた今度考えるけど、”頑張れば報われる神話”を守りたい気持ちから来るのではないかという仮説を立てている。

いくら頑張っても報われないとか、社会から見捨てられてる気がするとか、孤独と無力感で頭がどうかなりそうだとか、そういうある意味非エリート的な問題意識を持ってないとこの映画を理解するのは難しいと思う。

 

内容についてはみんなが一通り見たころに感想を書きたいと思う。

僕はけっこう好きな映画でした。ダンスのシーンとか音楽とか印象的だった。