受けいれる心(1)初音ミクが好きな理由

初音ミクには欠点がないからである。

 

「ねっと?そりゃ何じゃろかのう」みたいな人でも、初音ミクの名前くらい聞いたことあるだろう。ちらっとくらいは見たこともあるに違いない。少なくとも僕にとっては、ミクはまさにグレイテスト・アイドルだ。

では、初音ミクにはどんな特徴があるか、ちょっと考えてみてほしい。なんといっても外せないのが、あの青い巨大なツインテールである。どんな衣装で描かれても、これがあれば初音ミクだとわかるアイコンである(くしくもアイドルと同じく宗教的な文脈の言葉だ)。そしてあの声だ。デビュー以来、多くのミュージシャンと社会不適合者たちを魅了してきた。そして…

 

あれ?もう思いつかないな…

 

そうなのだ。初音ミクには特徴がないのだ。

 


初音ミクの初期設定は、外見と声、それから簡単なプロフィールのみである。その自由さと寛大な著作権のおかげで、多くの人が思い思いのミク像を持ち、描き出してきた。

「ボカロ界隈」に特徴はある。しかし、そういった特徴は単に楽曲と作者のものであり、初音ミクの特徴にはどうしたってならない。意思をもたない初音ミクは、歌うだけだからである(そういう意味で、調教という言葉は言いえて妙だ)。

 

sasakure.UK x DECO*27の「39」という曲をご存じだろうか。リンクを貼っておくのでどうぞ。

 

www.youtube.com

 

キャッチーだし、アイドルとしての初音ミクの一面がフィーチャーされてるあたり、ごく初期のボカロ曲(「メルト」とか)の雰囲気も感じられて、いい曲だと思う。しかし、曲が始まってわりとすぐ、

 

アタシ、ホントは人見知りで

 

という歌詞がある。これを聞いたとき、僕はかなり違和感を覚えてしまった。「人見知り」というキャラも、「アタシ」という一人称も、僕の中で作っていたミク像と全然違ったからである。というか、自分のミク像とたとえ一致していても、それをほかの人と「こうだよね~」と確認しあいたくはあんまりならない。念のため言うと、本来sasakure.UK氏もDECO*27氏も大好きなPである。

 

初音ミクは、あえて情報がほとんどない状態におかれている。それは、ひとつには足りない情報を、各自が自分にとって理想的なかたちで補えるようにするためである。このプロセスによって、初音ミクは無誤無謬の存在、崇拝の対象、本当の意味での偶像となるのだ。(言葉がゴツイな)

3次元のアイドルはそうはいかない。どんな美人でも完璧というのは難しいし、顔はいいけど歌がヘタクソとか、言動が好きになれないとか、いろいろある。

 

 

僕はいいところがいっぱいあることより、いいところがあまりなくてもいいから欠点が少ないほうを好むのかもしれない。今までの人生で100点ばかり狙ってきたからだろうか?

僕にはどうも欠点というものが、真っ白なテーブルクロスのシミとか、本のページのヨレのようなものに見えてしまう。テーブルクロスや本を新しく買ってそれだったら誰だっていやだろう。欠点も含めて受け入れるのが愛することだ、なんて言うけど、そもそも「欠点を愛する」という言葉が矛盾に思えてしまう。よりよい表現があったら教えてください。

 

初音ミクには欠点がない。なんにもないからである。だからこそ僕は初音ミクが大好きだ。

ここで浮かび上がってくる問題は、完璧な人間というのはいないということだ。もしかしてこの考え方を持っている限り、僕は(自分自身を含めて)人間を愛することができないのかもしれない、と思うとちょっと怖くなってくる。LOVE、わからないもの…まあLIKEのほうは現状そんなに困ってない感じがするので、あまり気にしないことにしよう。