伝統、慣習、悪意

「みんなが通ってきた道だから」「俺たちもこうして我慢してきたんだぞ」

こんなセリフを誰しも聞いたことがあるだろう。

 

なぜこういうセリフが出てくるのかについて、前にもツイッターに書いた気もするが、最近あらためて強く感じるのでまとめておこうと思う。ここで書いてることは、あくまで個人的観測です。

 

 

たとえば先輩が後輩をいじめる。高齢者が若者をけなす。お姑さんがお嫁さんを虐げる。親が子を虐待する。こういう例は世の中にあふれかえっている。このような場合に、いじめる側の人はなぜそうするのだろう。

もちろん個人的な恨みの場合もある。それはまあ、個人間で解決してほしい問題である。しかし、上にあげたようなパターンはあまりにも多くあり、それがすべて個人的恨みによるとは考えづらい。

 

思うに、虐げる人はそれ以前に虐げられていたことが多い。そんなときに、いじめの免罪符として使われるのが冒頭のようなセリフである。

もちろん嫉妬の一形態ともいえるけれど、ふつうの嫉妬と違うのは、これが伝承されていく点、そして多くの人が疑問を抱かない点である。

 

苦労してきた人は、人の痛みがわかる優しい人になれる、と言われる。しかしたいていの場合そうはならない。むしろ、自分が被った苦痛を次の世代にも味わわせようとする。次の世代が不利益を受けなくていいなら、自分がそれを受けた「意味」がなくなってしまうからだ。こうして悪意は伝染するのである。

 

 

この効果はおそらく人類に普遍的なものだ。代表例はイニシエーションである。縄文人は、成人の儀礼として歯を抜いていたらしい。歯を抜けばもちろん痛いし、生活にも不便だが「みんな我慢してきた」という理由で続いていたのだろう。

 

で、この効果に名前をつけてみたい。(僕は名前を考えるのが好きである。「この市町村が合併したら、名前は…」とか、いつも考えている。)

pay forwardという言葉がある。pay backから着想を受けて作られた言葉で、他者から受けた親切を受けた分、その人ではなくまた別の人に親切をする、というような意味だ。それでみんながお互いに親切になれたらいいね、という思想である。

ペイ・フォワードとは何? Weblio辞書

 

「先輩の後輩いじめ」みたいな構図は、それをマイナスの方面でやっていることになる。ということで、この効果の名前は negative pay-forward としてみたい。

しかしそれではキャッチ―じゃなさすぎるので、それは正式名称ということにして、愛称は「お姑さん効果」とでも言っておこう。