僕は10年映画館に行かなかったくらいだし、とくに映画好きってわけでもないのだが、ここのところカロリーメイトよりもパサパサな自分の生活を少しでも潤すために、しょっちゅうアマプラで映画を観ている。
その人の人生の中で養われてきた価値観だったり、世界観だったりが感想に反映されるからこそ、映画評はたんなるあらすじ説明を超えて、文芸の一分野にもなっているんだろう。逆にいえば、感想を読むことで、その人について少し何かがわかるかもしれない。後で読み返して、今の自分について考えるよすがになるかもしれないのである。
さて最近観た映画といえばラ・ラ・ランドである。2016年の映画で、アナ雪あたりから始まったミュージカル映画ブームに乗って日本でも少しウケた、ハリウッドで夢を目指してがんばる2人の恋の物語。
この映画も、最後のシーンがかなり重要だと思う。ここにどんなセリフを当てるかで、その人の人となりが少しはわかるかもしれない。少なくとも飲み会で1時間くらいは話せるネタになりそうである。
まだ観ていなくてこれから観るつもりの人は、ここでブラウザバックしてください。
あらかじめ断っておくと、僕は恋愛経験がなさすぎるので、良くも悪くも共感する点はあまりなかった。そういう意味でだいぶズレた感想を言ってるかもしれない。
まあ観る前は、ミュージカルだし(偏見)、日本でもけっこうウケた恋愛モノということで、明るく楽しい感じの映画だと予想していた。
そして結果は違って、けっこうビターだった。
セブの徒労感がひしひしと伝わってきて、だいぶウッとなる映画だった。なんなら「ジョーカー」よりキツかった。ミア、ひどくね?とも思った。
結論から言うと、セブとミアは2人とも夢を叶えた。でもミアと違ってセブは、そんなに幸せそうには見えない。なぜだろうか。
セブはジャズバーを開くのが夢で、その名前もすでにchicken on a stickと決めていた。しかしミアはその名前に反対し、seb'sという名前を推していた。
たぶん前者の名前はジャズ好きが聞いたらニヤリとするようなちょっと凝った名前なのだろう。対して後者は超安直である。
セブがバンドで成功したとき、一般ウケなんかクソ食らえ、と言っていたセブがガチガチに一般向けの(しかもセブの好みではない)曲を演奏し、しかもツアーで忙しくなるからバーは開けないことに、ミアは疑問を呈した。ミアはセブに夢を諦めるなよ的なことを言い、それがもとでケンカになってしまう。
さてミアは、一人芝居のウケが良くなかったことで心が折れ、実家に帰ってしまう。あんなに夢を諦めるなよと言ったにもかかわらずである。
セブはオーディション担当からの連絡を受け、実家までミアを迎えに行く。そしてミアはオーディションに受かってパリへ旅立つ。そして5年後、ミアは女優として成功したが、セブではない人と結婚していた。
気がかりなのは、セブがある意味バンドの道に進むことを受け入れていた点だ。本人の言葉を借りれば「大人になって」、音楽で食っていけるならまあいいか、と妥協しようとしていたのである。セブも指摘していたように、バンドをやるのはミアが提案したことでもある。
それをやめてジャズバーを開くことで、当初の夢を叶えることはできたが、それが最善だったのかは疑問だ。ときには夢が目標に取って代わられることもあるし、そのほうがいいこともある。
ミアはセブとケンカしたときに、ジャズが好きになったと言っていたが、これはたぶん嘘だ。おそらくミアは、単にセブがツアーでなかなか会えなくなるのが嫌でそう言っただけなのだろう。しかしセブは愚かにもそれを信じて、ジャズバーを開き、店名もseb'sにしてしまったのである。
セブがミアのために捨てたものは大きい。こだわりの店名もしょうもない素人案に取って代わられたし、バンドの成功も諦めた。ミアがセブに対して負うものも大きい。セブが迎えに行かなければ、ミアが女優として成功することもなかっただろう。
いろんなものを諦め、ミアにいろんなものを与え、そしてあっさり捨てられた。「不合格」を突き付けられたのだ。ジャズが好きになったというのも、ずっと愛しているというのも嘘だったのである。
成功者には成功者なりの相手が似合う。セブの出る幕なんかないのだ。「ミアは優越感のために僕を愛した」というセブのセリフは、無視できない意味を持っている。
セブは確かに、最初会ったときにつっけんどんにしたところとか、一人芝居を見に行かなかったところとか、いろいろ至らないところもあった。しかしセブの気持ちは本物だった。もちろん、相手を想う気持ちさえあれば必ず報われる、という考えは正しくない(これはストーカーにありがちな心理かもしれない)。しかし、報われなかった側の中に残るもやもやはどうしようもない。
最後の想像のシーンは、セブの「もっとこうしておけば…」という後悔が表れたものといえるだろう。もちろんすべてを後悔なく進めていたとしても、報われたかどうかはわからない。しかし不合格を突き付けられた側は、その理由をいろいろ考えてしまうものだ。
やりきれないのは、ミアがセブのジャズ愛とかについて全然理解していないのに、セブの人生をかき乱して去っていった点である。
最後にミアとセブが顔を見合わせるシーンは、セブがそういう悔しさだったり、もやもやだったりを諦めて、前を向こうとする気持ちを表している気がした。
なので、セリフを付けるなら、工夫はないけどお互いに「さよなら」あたりがしっくりくるかもしれないと個人的には思った。