1円あたり快楽量の話

お金がないよりあるほうがよい。それはよくわかる。かさばるものでもないし。

では、高いお金を払うほど、いいものが手に入るのだろうか。これはよくわからない。

どの程度の金額をもらえば、どの程度の苦痛に耐えられるのだろうか。これもよくわからない。

 

僕にとってお金の価値はつかみどころのない、不思議なものである。

 

 

ディズニーランドに行ったら1万円くらいかかるが、僕はわりと人込みや騒音、においで疲れてしまったりする。その一方で、河原に連れて行ってもらえば、一日中タダで遊んでいられる。

別の例を挙げてみる。1万円くらいするディナーはたしかにおいしい。一方で、海で釣ったちっこい魚とか、キャンプでやるバーベキューが、それと同じくらいおいしく感じられることもある。僕はお酒がそんなに好きではないのでなおさらである。

さらにもうひとつ。クワガタが安く売っていても買うことはほぼない。自分の手で採集するという、いわば自然とのコミュニケーションがもっとも大事だからである。

 

こうなると「お金をかければいいものが手に入るというのは本当なのか?」という疑問が浮かんでくる。

 

 

ちょっと違う観点で考えてみよう。4000円を手に入れるのに必要な苦痛と、4000円使って得られる快楽、どっちが多いだろうか。

 

4000円とは、僕が塾講1回(2時間)で稼げる金額である。時給はわりと良いと思うが、僕にとってこの2時間はかなり長い。なけなしのコミュ力を振り絞り、緊張を強いられる時間である(まったく苦痛しかないというわけでもないが)。

 

しかし、4000円を券売機に突っ込んで電車に飛び乗っても、たいして遠くまでは行けない(こだま自由席で、東京から熱海まで3950円だった)。4000円で食べられるご飯も、ちょっと豪華程度である。ディズニーのワールドバザールだったら4000円は蒸発する。しかもこれは税金とか家賃とか光熱費とかを考慮しない計算である。

僕はどちらかと言えば、4000円のご飯を我慢してバイトをやらない選択をしそうである。当面はそうしていないが。

 

お金を使って幸福になれるとして、それは支払う苦痛に見合うものなのだろうか。

 

 

急に話がでかくなるが、一般的にはお金をたくさん稼いでたくさん使うと幸福になれる、とされている。というか、それが資本主義というゲームのルールだと言っても過言ではない。

多くの人はこの感覚をすんなり受け入れ、できることならいっぱい稼いでいっぱい使いたいと思ってるみたいである。お金を稼げない仕事や、お金を使わない趣味は軽蔑される。これは個人的恨みだが、僕も虫取りが趣味だと言って、何度バカにされたかわからない。

もちろん、この感覚を受け入れられるほうが人生は楽しいであろう。人生をゲームと捉えられるわけだから。終身雇用でまあまあ出世してまあまあな家やまあまあな車を買ったりして楽しそうな人もいっぱいいる。

 

ここまで読んで、みなさんの頭に浮かんでいる(かもしれない)疑問はわかる。「好き嫌いは誰にでもあるじゃん?車がほしくないならほかのことに使えば?」とかそんな感じであろう。しかし僕が言っているのはもっと広いスケールの話である。

お金をかければいいものが手に入る、という前提自体がピンとこないのだ。横軸:金額、縦軸:満足度 として、世の中のものをプロットして、回帰直線を引いたときに、右上がりにならない気がする、横軸と平行になりそう、という話である。

 

もうひとつの疑問は「そうは言ってもお金は必要じゃん?」であろう。ごもっともである。

しかしこのセリフは「そうは言っても最低限のお金は必要じゃん?」と言い換えたほうがよいだろう。ここで話しているのは明日のメシを買うお金とかではなく、趣味とか娯楽のお金についてである。

 

ここまでで僕は自然体験なんかを「お金のかからない楽しみ」の例に挙げてきたが、ピンとこなければ何でも構わない。手芸をするでも友達とおしゃべりするでもいいし、LOVEなんかしている人はそういうのに置き換えてみてもいい。

 

 

そういうわけで、ディズニーが好き!と言っている人を見ると、この世で生きていきやすそうだなーと僕は思うことがある。テーマパークは「お金をかければ幸福が手に入る」という概念をもっとも単純に具現化した、資本主義の象徴だからである(言葉がゴツい)。

洋服の流行色なんかも毎年変わるが、じつは流行色は毎年人為的に決められている。おしゃれガールズはそれを聞いて「流行に乗らなきゃ!」と思い、最寄りのルミネに駆け込むのである。思いっきり底意地悪く解釈すれば、これはお金を使ってない人間を幸福から遠ざけるためのシステムともいえるかもしれない。

 

「お金をかければ幸福が手に入る」という概念をすんなり受け入れられれば、仕事をバリバリがんばるモチベも生まれよう。もちろんそれが悪いとは言ってない。むしろいいことである。

僕は海とか川とか山で遊んでればタダで満足できるし、そんなに金額を稼ぐ必要がないのかもしれない。

 

そういう人間は、少なくともエリートロードを走るには向かないし、「自由に生きてるんだね(笑)憧れる(笑)」みたいな軽蔑を甘んじて受けなければならない。実際こういう話を親にして勘当されかけたことがある。し、自分自身もエリートロード()から外れるのを怖がる気持ちがないといったらウソになる。

千と千尋の神隠し』のカオナシも「欲しがれ!」と言っていた。現代人である僕たちは、欲しがらないとうまくいかないのである。まあ、これ自体が稼げない人間の負け惜しみかもね。