ガクチカは狩猟社会を生き抜く力だ

結局いま僕も就活性をやってるわけなんだけど、就活生あるある疑問の1つは「体育会系は結局どの程度有利なのか」という話である。

 

まず、人事の方々が、たとえば同じ部活だったという理由で後輩を採用する、みたいなことがあるか問題だが、いま見てる感じだとこれは”ほとんど”ない。そういう情に流されて採用してはいけないのは、当たり前といえば当たり前である。

 

しかし、ESに書く内容としてメジャーな「ガクチカ」、こいつがクセモノだ。

ESに書くだけでなく面接もこれに沿って聞かれることが多いので、ガクチカがちゃんと書けないと就活はできないと言ってもいい。

 

これはあるイベントで聞いた話だが、部活に入ってるのが有利なのは、組織の中での動き方の経験が豊富だからだそうだ。

ガクチカに書くことに制限はないが、主に組織の中での動き方を書くようになっている。部活は、仲間と一緒に何かした経験を割とわかりやすく提供してくれる。ほかに困難を乗り越えた経験とかとしても使える。

つまり部活は、ガクチカのネタとして非常に優秀なのである。なるほど会社も組織だから、組織での動き方を知ってる人がほしいのも頷ける。

 

しかし、組織での動き方を知ってる人がほしいのはわかるけど、全員が知ってる必要はあるのだろうか?

 

 

このへんは、日本での役割分担の特徴が反映されてるように思う。

このあいだちょっとおもしろい記事を見つけたので読んでみてほしい。

https://note.com/rainbee/n/nffab15da919e

 

日本人のいうチームワークは、役割分担を想定してない。

戦隊ヒーローを思い浮かべてみてほしい。僕も詳しくはないけど、戦隊モノで戦術的な分業は少なくともメインではない。

戦隊ヒーローのチームの意義は、ピンチの時に助けに来ることである。困ったら助け合いましょう、が日本式チームワークなのだ。

 

分業型のチームワークなら、クセのあるメンバーがいても、それをまとめる役割の人がいればなんとかなったりするだろう。しかし、戦隊モノ式チームワークではそういう人はいないので、能力の面で汎用的であること、率先してほかの人を助けること、が要求される。

 

 

関係ないけど、ついでにいえば戦隊モノで興味深いのは、役割ではなく「キャラ」が分業されていることだ。熱血漢、クール、三枚目、セクシー担当、みたいな。戦隊が代替わりしても、キャラは変わらない。

 

 

これを書いてて思いだしたのは、狩猟採集社会と農耕牧畜社会の違いである。

狩猟採集社会には分業がほぼない。あっても、男は狩猟、女は採集、程度である。というかそうでもしないと全員分の食糧をまかなえない。

狩猟はどちらかといえば戦隊モノ式だ。仲間がケガして戦えなくなればカバーし、みんなで獲物を追い立てる。槍はみんなで投げてどれかが刺さればいいので槍担当なんていらない。

こういうチームはバカでかい成果を上げることは少ない。マンモスが1頭狩れたところで人類史は変わらない。ただし社会の変動は少なくて安定的ではある。 

 

対して農耕牧畜社会には分業がある。農耕は技術が必要なので、技術を持ってる人が専門家になるほうが効率的だし、食糧の余裕ができれば、たとえば音楽家なんて職業もできたりする。農耕によって貧富の差とか身分とか国家とかができた、という話は学校で習ったことがあるだろう。

こういうチームは時々ものすごい成果を上げる。たとえば軍隊を組織して近くの民族を攻め滅ぼしたりする。ただし社会は不平等とか混乱を招きがちである。

 

一般的には日本が農耕、欧米が狩猟のように言われがちだが、組織の作り方だけ見るとむしろ日本のほうが狩猟的なんだと思う。というかそもそも農耕を始めたのも日本のほうが後じゃない?

 

 

あとこれはそもそも論だけど、組織の中で動くってのは、中高大10年間部活をやらないとわからないほど難しいことなのだろうか。単純に自分の考えを言葉で伝えるのを怠るからそうなるだけじゃない…?