コロナ所感(毒)

さて、前記事では自分のコロナ生活をまとめましたが、この記事では私怨で毒を吐くので、不快感をもよおす可能性がだいぶあります。見たくない人はブラウザバックお願いします。 

 

 

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コロナ以前のことを思い返してみる。もう隔世の感があるが、今年はオリンピックが行われる予定だった。

それに向けて国民が「一致団結」する圧力は(案の定)高まっていたし、それに従っていろんな企業が「東京2020に協賛します!」みたいなことを誇らしげに言っていた。僕は「国家行事に熱狂する国民」という構図にだいぶうんざりしていた。

コロナがオリンピックを吹っ飛ばしてくれたことで、”世の中”に自分を溶け込ませることに何の抵抗もない、”正しい”人たちの鼻っ柱をヘシ折ることができた気がしてちょっと胸がすっとする感覚を覚えてしまった。一応来年に延期されたが、そのころには国民の皆様がいくら従順でもオリンピック熱はだいぶ冷めてしまってるだろう。中止になるならなおよい。

 

あと、今立ち向かうべき相手はウイルスなのに、人間たちが言ってることといえば、やれ誰が悪い彼が悪い、とそんなことばかりである。「共通の敵が現れれば人間も団結するかも」なんて昔ながらの発想はファンタジーに過ぎなかったのである。

身の回りを見回しても、買い占め、自粛警察、デマなどなど揃い踏みである。同調圧力もオリンピックとは別個に復活し、いい感じに香ばしくなってる。国の政策にはいちいちコメントしないけど、まあ突っこみどころは多かったよね。

まとめていえば、ヒトはバカで偏狭で嫉妬深いということを、コロナが白日の下に晒してしまった。こんな生物はいっそ絶滅してもいいんじゃないかとさえ思ったりする。

 

ってか、満員電車ってきついよね、とか、たいていの仕事はテレワークでいけるよね、とかにわかに言われだしたけど、僕それ5年くらい前から言ってたんだけどな。みんな何も考えてなかったんだね。

 

「コロナ鬱」に関しても、なんか全然ピンとこないんよな。ふつうの人はちょっと友達と会えない、出かけられないくらいで鬱になるもんなのかな。太宰治の『人間失格』のこの部分を思い出した。

「自分には、禍いのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負ったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。」

まとまりないけど終わり。