カスハラについて

以前とある公園の管理に関わっていたとき、「富士山が見えないから木を切れ」という要求をしてきた人がいた(自然系のプロジェクトはこういう要求の標的になりやすい)。木を守るのも公園の役目だし、そもそもその要求があった場所は数メートルもずれれば富士山はちゃんと見えたのでそんな要求は無視して当然だと僕は考えた(まあそう考えるのが普通だと思う)のだが、奇妙だったのは周りのエラめの人たちの反応で、そのレベルのクレームにあたふたし、あたかも一大事のように振舞い、普段はある程度信念をもってちゃんと公園を守ってるはずの人々が「じゃあ木を切ろうか」みたいなことを本気で言い出すのだった。

これで思い出したのだけど、いわゆるカスハラ、つまり客が従業員に対して無理な要求をしたり下手すると暴力を振るったりするやつ、が社会問題として扱われてずいぶん経つのだが、これが一向に解決に向かわない状況を見てわりと疑問に思うことがある。接客業の経験はないので話半分に読んでほしいし、これはどちらかというと構造的な問題なので個々の従業員を責める意図はまったくないのだが、カスハラでよく取りざたされる「サービスに難癖をつけられ値引きさせられた」「土下座させられた」みたいなやつは、まあ無理な要求をする側がカスなのは大前提として、店側もその要求に応じてしまっている事実がある。「無理な要求をするクレーマー」「それに対応する店側」の両サイドがあってはじめてこういった事態が成立するのだが、後者が見落とされてしまいがちなように見える。無理な要求に応じない方法は、警察を呼ぶとかでもいいし、クレーマーの多くは高齢男性で、フィジカルに強いわけではなく銃とかナイフもまあまず持ってないので、すぐに要求に応じなくてもわめくだけで直接的な危険は少ないし最悪警備員とか呼んで強制排除もできる気がする。しかしそれが十分検討されているようにあまり見えない部分があり、結果として従業員は守られなくて大変だね、という話になっている。

無理な要求をする人間は地上のどこにでもいて、避けがたい部分もあるし、そもそも何かを要求する、それを断る、というのは健全な交渉の一部分でもある。いっぽうで、カスハラの問題が日本以外であまり聞かれないことを考えると、店側の対応にも改善の余地がある気はする。「お客様は神様」的なことを言って無理な要求をする奴は要求を聞くとさらに大きな要求をしてくるわけで(彼らの多くは要求を通すことで自分の権力を誇示すること自体が目的なので、一個要求が満たされれば満足するわけではない)、善良なお客さんとの公平性のためにも要求を聞かない態度がときには必要なのだが、あまりこういう発想が出てこないのは「先生の言うことはちゃんと聞きましょう」的なイズムの延長なのかもしれない。同じことがカスハラだけでなく友達関係とか国際関係とかいろんな面で言える気はする。